小山 佳延

今回の「おもしろ交友録」は大変長文になりますので覚悟してお付き合い下さい!! 第二回は鈴鹿にこの店あり「RIGHTY WAYの水谷代表」にご登場頂きます。実は最後まで「私なんかでよろしいですか(鈴鹿弁)」と仰っていた水谷代表ですがご承諾頂いた後の写真撮影ではダメだしを貰いました(笑)、お客様との懇親会にCCMCスタッフもお呼ばれし、そこで感じたのはお世辞ではなくお名前のごとく真直ぐな「お人柄」でした、その飾らない姿勢と以下に記します内容にお客様が集まってみえるのでしょう。また、ご自身の経験から服部 尚貴選手率いる"Team Naoki with LE PRIX SPORT"から、Formula Challenge Japan (FCJ)に参戦しています「吉田 広樹」さんのレースサポートもしてみえますのでこちらも是非アクセスして下さい。
            RIGHT WAY  http://www.rightway-jp.com/
           吉田 広樹 公式ホームページ http://www.hiroki-yoshida.com/

<<水谷 正道>>
※ 写真にポインタを合わせて下さい。
水谷さん

 水谷正道物語(自動車にかかわる仕事 ほるぷ出版より) 小さい時から何かを分解して、それをまた組み立てるということが好きだったんです。高校生の時に、親には内緒でレーシングカートの世界に入りました。カートもレンタルではなく、購入したんです。高校生のときに親には内緒でバイトをして買いました。

 その後、三級自動車整備士の資格を取って整備士になりました。自分のクルマを改造して、山や峠へ走りに行ったりしていました。それとレースです。鈴鹿サーキットが近いので、毎回かかさずレースは見に行っていました。特にフォーミュラーカーには憧れました。

  実際に走るきっかけになったのは、元Flレーサーの片山右京さんと話をしたことからです。右京さんはFJというクラスで走っていてレースの後、右京さんのところへ行って、「実は僕もレースをしたいんだけどお金がない」というような話をしたんです。そうしたら、「僕だってお金なんかないよ。ただ、一所懸命、がんばったらまわりに助けてくれる人が現れてくる。やりたいんだったら、今やるしかない。40歳や50歳になって、やりたかったなんて後悔するんだったら、1000万や2000万の借金ができようが、まだ、20歳そこそこなら返せる金額じゃないか。あとで後悔するんだったら、やった方がいい」って言われたんですよ。それで、お金を貯め始める事にしたんです。

 ディーラーで働きながら、夜はガソリンスタンドでアルバイトをして、100万ぐらい貯めたんです。20歳ころの100万円というと、とてつもない大金じゃないですか。これだけあったら、レースができるだろうと思って、レーシングカー専門のショップへ行ったんです。

 すると、「レーシングカーは中古ではこれぐらいする。一度、レースにのめりこむとこれだけかかる。君の給料がこれだけで、それができるのか」といわれて、「いえ、できません」といって帰ってきましたよ。 それからまた、一年半ほどバイトをして、親にも少しお金を借りて、500万円用意しました。それで200万円の中古のレーシングカーを買って走りましたが、一年ももたなかったですね。とにかくレースはお金がかかるんです。ガレージ料とか、運搬料とか。整備ができるので、整備は自分でやっているんですが、他の雑多な事でもとにかくお金がかかるんです。レースに本当にのめり込んでいたので、プロのレーシングドライバーになろうと、入社して6年半ぐらいして、会社は辞めました。社長は「おまえ、一年、レースで頑張ると言うけれど、それがモノにならなかったらどうするんだ。休職扱いにするから、だめなら、またディーラーで働けばいいんじゃないか」と言ってくれたんですが、そういう逃げ道があったら、絶対に成功しないと思って、すっぱり辞めました。

 そうして、夜にバイトをしていたガソリンスタンドで昼間も働くようになって、1年間、レースに集中できたんです。おかげで、FJクラスでチャンピオンにはなれなかったんですが、最終戦までチャンピオン争いができて、シーズン2位の成績をおさめました。スポンサーやマネージャーもつくようになりましてね。翌年にはF3のクラスで走れて、耐久レースにスカイラインのGTRで出させてもらえたりもしました。

  レースというのは、何千万というお金がかかるから、やはり自分のお金ではできないんです。6年くらい頑張ったんですが、ちょうど景気も傾いてきた時期で、なかなかスポンサーもつかなくなっていって、走る機会も減ってきたんです。その頃はガソリンスタンドで、整備士として働いていました。レースを辞めて、新しい自分の道ということを考えた時に、今やっている整備の仕事は自分の生き方ではないなあと、感じていたんです。

 その頃、たまたま知りあいでベンツに乗っている方がみえて、その人に自分のこれからやりたいと思ってることを話したんです。すると、「僕がいつも修理を出しているところはおもしろい修理工場だから、一度、遊びに来い」ということになりました。そうして、連れていってもらったところが、オートマイスターという外車専門の修理工場でした。

 そこではあちこちで、ベンツやBMWのエンジンやミッションをおろしてオーバーホールしたりしていたんです。びっくりしましたね。その時に「まさしく、これだ」と思いました。

 これまで、やってきた修理は、修理というよりも交換なんです。たとえば、エンジンが壊れたとしますね。すると、通常はエンジンをおろして、違うエンジンに載せ変えてしまうという作業になるんです。けれど、私の求めていたのは、エンジンが壊れたとしたら、エンジンをおろして分解し、悪いところを見つけて修理するということだったんです。それで、ぜひここで修行させてくださいということで、雇ってもらいました。最初の1年はまったくついて行けなかったですね。今までの経験が役に立たないんです。

  社長が何でもやらせてくれる人だったので、ほんとうにいろいろ勉強させてもらえました。自分の経験を生かして、修理箇所をいろいろな方向から見るとかね。入る時から、一応修行するのは5年と、ある程度決めそれで5年たった時に、技術的なことも、お客さんの対応にも自信がついてきたので、独立を考えはじめました。3月に会社を辞めた2カ月後、工場だった物件がでてきまして、トントン拍子に話が進んで、その年の7月にオープンしました。

  独立して外国車の道に入ってまず感じたのは、外国車に乗っている人というのは、クルマをものすごく好きな方が多いんです。普投から自分の身体の一部のように、エンジンの調子とか、ミッションの調子とか、ブレーキの調子なんかを感じ取りながら、乗ってみえる方が多いんです。ということは、イコールこだわりのある人が多いわけですよね。そういったお客さんたちの要望に対して、100パーセントは無理かもしれないですけれど、100パーセントに近づけるために、どれだけ努力をするか、ここを大切にしています。

 ですから、このお客さんはこういう志向なんだな、という一人一人の個性を、話をしながら受け止めるようにつとめています。トラブルの場合はまず、状況をくわしく聞きます。1時間乗っていて2回ぐらい調子が悪くなるという場合、それがどういう状況だったか、エンジンが熱い時か、エンジンが冷えている時か、どういう風に走っている時か、スピードはどのくらいで走っている時か、ハンドルを切る時か、クーラーをつけている時か……そういう状況をいかにきめ細かく、聞くかが大事なんです。そこから、クルマの今の状況を予想します。クルマにもやはり1台1台、性格があるわけです。自分もクルマに乗ってみて、それをいかに見極めるか、整備のスタートはそこからなんです。

 もう一つ大事にしていることは、私は修理をしても、すぐに直りましたといって納車はしません。やはり1、2日、いろいろな状態で乗ってみて、これなら大丈夫、と確認してからお客さんにお渡しするようにしています。点検した時に、たまたま偶然、症状が出なかったということはよくあるんですよ。

 どこへもっていっても、なかなか直らないクルマが直った時はやはりうれしいですね。奥深いトラブルのクルマがもちこまれた時は「よし、1カ月かかろうが、2カ月かかろうが、ぜったいに直してやろう」と思います。そういうクルマが甦った時は、お金にはかえられない喜びがありますね。

 これまで、自分がしてきたことが、今、一本の木になってきたと感じています。ディーラーにいて色々な人にあったこと、ガソリンスタンドでお客さんと接しながらコミュニケーションの勉強をしたこと、働きながらレースをやって、たくさんのクルマ業界の人と顔見知りになったこと、欧州車の整備を勉強させてもらったこと……、そういう経験すべてが枝葉になつて、今、大きな木になりつつあるなと思うんです。クルマはきちんとメンテナンスをすれば、何年でも乗っていられるますからね。今後も、お客さんとじっくりと話をして、クルマを1台1台作り上げていく、そういう仕事をしていきたいと思っています。

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