平出満雄さん

第5回は、今年還暦を迎えられた、CCMC走行会でもお馴染みの杉作さんこと、平出満雄さんをご紹介します。多彩な趣味をお持ちで、ご自身のホームページも持っていらっしゃいます。CCMC走行会では、還暦スーパードライバーとして、いつもご参加を頂いています。そのアグレッシブな走りに秘められた、平出さんのプロフィールをどうぞご一読下さい。

<<平出 満雄(ひらで みちお) 60歳>>
※ 写真にポインタを合わせて下さい。

平出さん

1. ハンドルネーム
杉作です。

2. ホームページ
杉作の絵日記  http://sugisaku911.cool.ne.jp/

3. プロフィール
出身は、岐阜県飛騨の田舎に中学までおりまして、単身、名古屋の高校に入り 愛知学院大学歯学部卒業 同大学大学院歯周病学講座を経て、現在、同大学歯周病学講座非常勤講師。 昭和55年5月5日名古屋市内に杁中歯科クリニックを開業し細々と現在に至るまで やっております。

中学時代は、甲子園を目指した野球少年で、夏には朝から日が暮れるまで川で泳いだり 川遊びをしておりました。

高校時代は、一変して当時、流行っていたIVYにはまり軟弱な生活でした。 思い出せば、メンズクラブ(雑誌)をバイブルとし、昼食をぬいてまでも洋服を買って 楽しんでおりました。休日となれば、スーツを着て、髪はバイタリスチックで7・3に分け、雨も降らないのに細い傘を持ち何の目的もなく、仲間とサカエ(当時、栄町:エイチョウと読んでいました。)に繰り出しブラブラしておりましおた。でも楽しかったです。 モータースポーツとの出会いは、そのメンズクラブにいつも紹介されておりましたレースの話題が、はじまりだったようです。生沢 徹、式場、三保、浅岡、・・かっこよかったです。 私の高校は、当時、その1年間だけ大学と併設されておりまして、3年生になると、同級生が内緒で車に乗ってきて、堂々と大学の駐車場にいれ、授業を受けていたのです。それが、スカGA、ベレG、フェアレデイ、ブルSSSでくるのです。道楽息子がいっぱいいたのです。今では、とても考えられない光景だと思います。その影響も多分にありました。

大学になって、仲間とレースを見に、鈴鹿サーキットによく行きました。 当時、シケインはなく最終コーナーから立ち上がってくるクルマをワクワクしながら見て 楽しんでおりました。トヨタ2000GT、コロナGT5、スカG、ベレG、S800、コンテッサ、 サバンナロータリー、ポルシェカレラ6、トヨタ7、R381、ローラなどが走っておりました。 ダイハツP5とか、ホンダ1300Rというプロトタイプのクルマもみました。

お陰で、たくさんのクルマに乗ることができました。 なかでも、VWビートル、ボルボ1800S、サーブ99などは、印象に残るクルマでした。 クルマは、私にとって年表みたいなもので、その時代に何に乗っていたかで出来事が思い出されます。 今となっては、これも楽しいものです。 ポルシェは、学生時代、VWビートルに乗った頃に、いつかは乗りたいと密かに思っておりました。また夢でした。あの時代、VWポルシェもありました。愛知県警が912を高速自動車隊に配備され走っておりますのを見たことがとても懐かしく感じます。

私がVWに乗っていた頃は、VWにすれ違いますと、手を上げたり、ヘッドライトを点滅したりで、見知らぬ人でも挨拶をかわす習慣がありました。とても、気持ちのいいものでした。 よき時代でありました。似たような光景は、バイクに乗ってツーリングに行きますと左手をあげ挨拶をかわしておりました。現在、サーキットを走っておりますと、グランドスタンド前を通過するときに、仲間が手を振ってもらうことがよくあります。手をあげて返事をするのですが、すごく元気をいただけるのがよくわかります。そして、1コーナーに進入していきます。

そして、50代になり、子育てにも一段落がつき、ようやくポルシェに乗ることができました。長い道のりでしたが喜びもひとしおです。MTはつらそうでしたので、996TIPにし、女房といろんな所にツーリングに出かけました。とても楽しいポルシェでした。 そこで、突然、鈴鹿サーキットを走ってみたくなり、ネットで走行会があるのを知りまして 即、参加しました。それが、2002年11月のCCMC(鈴木塾のころ)走行会でした。 それまで、一度も走った経験もなく、いきなりでしたのでとても怖かった記憶があります。 それで、終わりのつもりで走りました。それが993RS/CSに・・・・。 そして、現在も走っております・・・。

その様子を、同窓会の趣味の欄に投稿した内容をみていただければ、状況がよくわかって頂けると思います。(以下)

★非日常の世界
まさか、こんな風になるとは思わなかった。2002年、何を思ったのか一度でいいから、あのアイルトン・セナが、ミハエル・シューマッハが走った鈴鹿の国際レーシングコース(約5.8㎞)を走ってみたくなり、インターネットで走行会があるのをみつけ即、参加しました。初参加の感想ですが、それは恐怖でした。もうこれでいいと思いました。ところが、ここでやめとけばいいのに、・・・・。A級ライセンスを取得(誰でも取れる)、SMSC(鈴鹿サーキット)の会員になり、レーシングスーツ、ヘルメット、グローブ、PLAP計測等を購入し、月に2回程度、走行会に参加し練習、修行中である。早い話が、へたくそである。ただ今、約600LAPし、自己ベスト2分31秒台。(けっして自慢できるタイムではありませんが満足しております。)女房も、あきれている。いい年をして、どうするのと言っている。私は、冥土のみやげに、・・・と、かあちゃんにお願いしている。(了解は、とれていない。)シケインを2速、3速、全開で立ち上がり、正面グランドスタンド前を4速、5速フルスロットルで加速、そのとき、時速210㎞オーバーその直後、1コーナー手前で、ブレーキング、シフトダウンし、1コーナーをかわし、2コーナーへ加速、ブレーキング、3速シフトダウンし、フロントに過重をのせステアリングを少し右に切るとナイフで切り裂いたように、きれいに2コーナーをかわしてS字へと立ち上がっていく。そのあと、逆バンク、ダンロップコーナー、デグナー、ヘアピン、スプ-ン、バックストレート、130Rを通過し、シケインである。これが1周の概略である。いずれも難所である。まさしく、加速、減速と、人生そのものであると思う。このスポーツは、なかなか奥の深いものである。鈴鹿は、私にとっては深い思い入れがあり、若い頃よくレースを観戦に行ったものである。また、私に、いろいろな事を教えてもらったような気がする。鈴鹿は、私にとっては特別な思いがあり「聖地」である。 パソコンは、大須でパーツを購入し自作でDOS/V機を作成(簡単です)し、今でもXPで稼動中です。6年前から、ホームページを自作で立ち上げ日々更新中(遊びのためのもので歯科とは無関係)です。いろんな人と知り合えました。自分を客観的に知るには便利なツールだと思います。また、近いうちにニューポートジャケットを着て、栄のブルーノート(ジャズ)に女房と行ってみようと思っている。私のような支離滅裂な男で何かお役にたつことがありましたらご一報ください。ただ、道楽(非日常の世界)にも強いブレーキがかかるのです。資金不足です。これは、効果があります。それに、飽き性の性格。これで、丁度いいかも・・・。そろそろ、最終コーナーにさしかかり、チェッカーフラッグが見えてきました。 非日常の世界の究極は、あの世らしいから、あちらに行ってしまったら、もう戻ることができないらしいので、もう少し後にしてもらいたい。 ただ今60歳、老眼鏡使用(心は、少年)。 報恩感謝、女房に感謝しております。

993RS/CSは私にとって、すばらしい相棒なのです。離せないんです。 私がVWの時にイメージしていたポルシェなんです。 993RS/CSを介して、いろんなことを学びました。 それよりも、クルマを愛する素敵な方々とお知り合いになれたことが とても幸せなことです。感謝しております。

まさか、こんな人生を送るとは想像もしておりませんでした。うれしい誤算でした。 CCMCの仲間のみなさん、いつまで走れるか分かりませんが、みなさんから元気をもらい走ることができましたら幸せ者でございます。 こんな不器用で、イカレタ爺さんですが、これからも宜しくお願いします。

また、私の人生の節目に、このような投稿の機会を与えてくださった CCMC神谷さんに深く感謝します。